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ストーリー性の高い作品とは何ぞや?

  • 執筆者の写真: spleen
    spleen
  • 2022年8月16日
  • 読了時間: 2分

自分の意見は、ストーリーというのは作者とキャラクターの共同作業によって形作られる、というものです。

そのためには、キャラクターにある程度の自由と裁量を与えることも必要かと思います。

たとえば、いくら設定を細かく詰めたところで、その通りに動くだけのキャラクターは

プログラムされたロボットと変わりありません。

作者にはキャラクターを理想の友や恋人のように描きたい、そんな欲求もあるでしょうが

それはプレイヤーにとって作者の望む受け答えを際限なく繰り返す、

オウムのような存在に等しいわけです。

そこに彼らの意思はあるんでしょうか?


キャラクターを導くことばかり考え、彼らの自立を妨げていては、

キャラクターはストーリーの担い手から除外されてしまうんじゃないでしょうか。

極端な話、彼彼女が作者の手を離れて歩み始めたときこそ、

ストーリーの幕開けといっても過言ではないのです。


ただし、そのためにはまず作者自身、痛みに耐える覚悟が備わってないといけません。

つまり・・・


『キャラクターが自分の望まぬ道、人間となるようなリスクを、

 作者であるあなたは許容できますか?』


この答えがYESなら、その人はキャラクターに命を吹き込み、

成長させることができます。

NOなら、いつまでも変わらない、架空の友達がそこにいるだけです。

前者はハッピーエンドになるとは限りませんが、

後者は絶対的なハッピーエンドになるでしょう。

なぜなら、そこはプレイヤーやキャラクターの介在する余地がない、

作者の理想郷だからです。

だからもし、ストーリーを描こうとするなら、理想を手放し、自由を与え、

リスクと向き合ってください。

彼らが血肉を得た人間として認識されるなら、

プレイヤーも自然と感情移入できると思います。


自分の作品を念頭に書いている点も多々ありますが、

ストーリー性の高い作品は、キャラクターが作者から自立した存在として描かれている

そんな風に解釈しております。


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自分は常にプレイヤー=主人公と考えています。 彼彼女がどうあるべきか、は作者としても没入感を高める上で無視できないんじゃないでしょうか。

 
 
 

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©  2018 spleen

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